「百万遍さん」と地域からも親しまれている浄土宗の大本山のひとつ、知恩寺があります。京都大学のすぐ近く、若者も多いこのエリアで、ひと際目立つ人の出入り…。ここ、百万遍知恩寺では、毎月15日に定期市(フリーマーケット)を開催しています。


毎月15日に、手づくりのフリーマーケットが開催されています。全国から出店希望者が約350店舗も集結し、午前9時〜午後4時まで、約1万人の来客があるという、この手づくり市。この日も、境内を埋め尽くす、人、ヒト、ひと…。毎月開催されているにもかかわらず、この盛況振り!きっと、地域の人々に愛されているフリーマーケットなのでしょう。



市内のちいさなパン屋さんや御漬物屋さんもこの日は、出張営業。特に、おいしいパンが多い京都。お店から商品が届いた瞬間に完売するという大盛況。いつもとは異なった雰囲気で、かつ商売繁盛ともなると、この日の仕事は楽しくて仕方がないでしょう。

京都らしい地域コミュニティーが、あちらこちらで垣間見えるのが、おもしろくてたまりません。東京のフリーマーケットに数回顔を出したことがありますが、このあったかさは感じたことがありません。さすが、平安時代から市を形成してきた京都は、格が違います。



 
1986年に京都在住の臼井さんと榎本さんが「素人がつくる手づくり作品の発表の場」として、青空個展を行ったのがこの「手づくり市」のはじまりです。約30年もの歴史あるマーケットのコンセプトは「手づくりの物でないと出店できない」こと。出店者が丹精込めてつくる作品の数々が、このマーケットの温かみを創りだしていたのですね。
 



自分が趣味でつくった作品がたくさんの人々の目に留まり、それをご購入して頂けるよろこび。考えただけでも、胸がじんわりくる幸福感。ガレッジセールやリサイクルマーケットではないからこそ、内側からくる感謝のエネルギーがじわじわと伝わってきます。



ここの僧侶の方も微笑ましく境内を見守っています。お寺の本来のあるべき姿をここに教えてもらったような気がします。今や、葬祭仏教と言われている日本仏教。このように、ただ修行道場や葬祭ばかりに場所を利用するのではなく、こういった地域の人々のために、解放するといった取り組みは、本体の日本が持つ独自の仏教文化を取り戻すきっかけとなるでしょう。本当にすばらしい取り組みです。



奥様のお買い物に付き合うことに疲れたご主人は、木魚体験なんていかがでしょうか?
読経のなか、スッと御堂のなかに仲間入りして、木魚を叩くことができます。





また百万遍知恩寺のシンボル「百万遍大数珠」を、僧侶が輪になり、念仏を唱えながら操る「百万遍念珠繰り」もこの日に修されます。残念ながら、今回は見学できませんでしたが、御堂内を囲む、数珠の大きさに驚きました。




出展者も来客者もそれぞれの時を過ごし、その想いが交差して紡がれる「百万遍さんの手づくり市」。こんなに素敵なマーケットが毎月開催されているなんて、本当にうらやましい限りです。

○百万遍さんの手づくり市
 開催日:毎月15日 雨天決行

 時間 :午前8時〜16時

 場所 :京都市左京区中門前町 知恩寺境内
 
 地図 :>案内地図はこちら

 ※出店応募は、翌月申し込みを応募はがきで受け付けています。
  くわしい情報は、手づくり市.COMでご確認ください。 














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わたしが、東大寺でもっとも?二番目かなー?好きな場所。
それが、戒壇堂です。東大寺の戒壇堂といえば、唐招提寺の開祖としても知られ、数回の航海を経て、失明してまでも唐から渡ってこられた鑑真和上。鑑真和尚は、日本の出家者に戒律を授け、正式な僧として認められる戒律の制度を整えました。

現在、東大寺の戒壇といえば、Sクラスの仏像スターが安置されていることで有名です。
修学旅行や、なんとなく奈良に旅行すると、大仏殿の盧遮那仏のみでスルーされがちですが、通常拝観可能な仏像としては、やはりわたしの中では、ここがナンバーワン。


高校の日本史の教科書で、お馴染みの「東大寺戒壇院の四天王像」。たしか、天平文化の代表的な彫刻として習ったような記憶があります。そのなかでも、特に紹介されるのが、広目天。俳優の中尾彬さんに似ていると話題にもなりました。

「おとこ」という字を「漢」と表現したくなるような、勇ましい表情。ちょっとユーモアのある、おしゃれなおじさんなんじゃないか?と含みをもたせる表情がなんともたまりません。そんなお顔立ちにもかかわらず、身体はスマート、くいっとひねった腰のくびれにも注目したいところです。足元の邪鬼も最初は恐ろしい印象を受けましたが、今では可愛く感じます。自分の感じるがまま、仏像を鑑賞するのは、とても楽しいです。

境内は、奈良には珍しく、波を打つように、砂が敷きつめられています。枯山水のような庭園美術は、京都ではおなじみですが、奈良ではあまり見かけないような気がします。このくらいの素朴なところが、わたしにはとっても居心地がよいのです。


教科書に紹介される有名な仏像を安置しているにもかかわらず、いつも本当に人が少ない戒壇堂。特に外国人の姿をあまり観たことがありません…。ぜひ、日本の仏像美をめぐる旅をしてもらいたいものです。


毎年、年に何回か訪れる奈良。なかなか頻繁に行くことが難しいのですが、春には必ず訪れてます。しかも、ちょうどサクラの美しい4月上旬。東大寺も西のエリアは、人が少なく、サクラもじっくり鑑賞できるのでおすすめです。大仏殿のそのまた奥が穴場です。




春の奈良は天候が崩れがちですが、カラッと晴れると、サクラと青空の、そして寺院と青空のコントラストが格別に美しいです。この日は残念ではありましたが、満開のサクラにうっとり。



鹿さんたちと一緒にお花見ができるのも嬉しいですね。



午前のみ、博多滞在。どこか、いいお寺はないだろうか…
寺町という地名もあるほど、お寺が多いという博多ですが、なにか特徴があるところに行ってみたい…と出逢ったのが、こちら。


 真言宗の東長密寺。九州の真言宗の教団の拠点寺院で、九州八十八カ所の第一番霊場です。博多の魅力という観光サイトによると、「弘法大師が、日本で最初に創建したお寺」と記載されていますが、それにしては、わりとこじんまりとしています。「弘法大師が○○○した△△△」というエピソードが日本中に多すぎて、なんだか、しっかりこない私です。



新しいであろう、仁王像。持国天と多聞天でしょうか?キレイめなので、結構好きです。


境内に入ってみると、広々としていて、真言宗の寺院では、おなじみの五重塔もあります。こちらは、平成23年に創建されたということで、やはり新しい五重塔。


 五重塔の相輪が、金ピカ。観光で寺社をめぐっていると、重要文化財などの歴史が深い五重塔に出逢う機会が圧倒的に多いので、このように新しい五重塔は、逆に新鮮だったりします。博多の街中に、突如ぽっかり現れる五重塔。

ちょうど2月の中旬ということで、太宰府同様、とても可愛らしい梅の花に出逢いました。



今まで、梅のお花見に行ったことがなかったので、紅白梅を揃って、鑑賞するのは初めてです。まだまだ冷え込む2月ですが、この日の昼間はポカポカ陽気の晴天。まるで笑顔で嬉しそうに、花をひらく梅の姿。わたしの顔もほころびます。

さて、今回の目的は…



 THE BIG BUDDHA.
ここは、日本以外のアジアの国でしょうか…。京都、奈良…たくさんの仏像を鑑賞してきましたが、こんな案内板ははじめてです。

「国内最大級の木像坐像大仏!」ということで、かなり気合いを入れてきましたが、「いきなり、これかい!」ユーモアがありすぎる…。これは、おそるおそる行くしかない!

(出典:http://kaisyou3939.naturum.ne.jp/e835619.html)

たしかにデカい!まさか、この御堂のなかに、こんなに大きな大仏さまがいらっしゃるなんて…。というか、、ここ2階。奈良の大仏の2/3ほどではありますが、木像では日本一を誇る坐像とのこと。高さは10.8メートル。重さは30トン。あまりに大きいので、大仏様を安置してかた、御堂を建てられたそうで、材料の木材の確保にも苦労をしたようです。



お顔もどこかアジア風ですが、こちらも平成4年に完成したということで、新しい大仏さまです。また驚くのは、光背の小さなお釈迦さま。全部で5,000体もいらっしゃるそうです。

また、この大仏さまは、胎内めぐりができます。胎内に入ると、地獄極楽の世界が広がっています。さまざまな地獄をたくさん観ていると、「嘘はついちゃいけない」「飲酒のしすぎはいけない」「欲張っちゃいけない」など、自分自身の日頃の不浄からの死後の世界に背筋が凍ります…。ぐるっと地獄をまわると、最後は極楽。だいぶ恐怖の絵が続きますが、子供の教育にはいいかも!

そんなこんなで、新しすぎるがゆえ?斬新で、ユーモアたっぷりな福岡大仏でした。




壁面に並ぶ石仏も、なんだかゆるい感じで、にっこり笑ってくれます。
大分の石仏をめぐった時にも感じましたが、どこか本州の仏像とはひと味?いやふた味?かなり印象が異なる九州の仏像。

関西のシュッとした仏像が好きだけど、次に九州のほんわかしたした仏像群が好きかもしれません。なんだか、また行きたくなってきたぞ、、東長寺。


長崎の唐寺のなかでも、もっとも中国らしい外観が特徴の「崇福寺」。
あまり見かけたことがない、リアルな竜宮城のような山門。乙姫さまに誘われるかのように、心が躍ります。


山門をくぐると、第一峰門。別名、唐門とも呼ばれるこの二の門。色鮮やかな朱色で艶やかな装飾が施されています。


門の上部に掲げられているこちら。中国の寧波で材を切組みし、唐船に乗せられてやってきたいう珍しい組木。先三葉栱(よてさきさんようきょう)と呼ばれる、この詰組は、本場中国の華南地方にも稀だという、貴重な造形です。元禄8年(1695年)に造られたこの第一峰門は、国宝にも指定されています。



崇福寺は、寛永6年(1629 年)に福州地方出身の在日唐人が中心となって、唐僧の超然禅師を招き、建立されました。興福寺や福済寺が「南京寺」と呼ばれることに対し、「福州寺」として親しまれていました。



当時の長崎の唐寺は、宗教的な意味合いではなく、航海祈願や先祖供養を主としており、海の神様「媽祖」を祀る「媽祖堂(まそどう)」を建てることを目的としていました。その後、寄進などによって、山門や大雄宝殿などが造られていきました。

はるばる中国から船に乗り、貿易をする商人たち。命がけの航海であったことでしょう。当時の在日中国人たちが、心のよりどころにしていたことがうかがえます。



観光客が押し寄せるでもなく、地元の人たちも日課のように訪れているようです。江戸時代の長崎貿易で渡来した唐人の末裔の方々でしょうか?お顔のつくりが、中華圏の要素をもった人が多い感じました。

そして、所々に施される彫刻の数々。雨の街、長崎にもかかわらず、とても乾燥してるように感じるのは、塗装の劣化でしょうか?


観音さまやお釈迦さまも、どうやら顔が日本人ではなく、唐人顔をされているのが特徴です。脇侍も菩薩や天部ではなく、唐服を纏う誰か?で、まったく日本の寺院とは異なります。また、どこも朱色であざやかなハズなのに、どこかもの悲しさを感じるのが、わたしの唐寺の印象です。



ちょうど、長崎の勉強の意味も込めて、NHK大河ドラマ「龍馬伝」を見入っていたわたし。伊勢谷友介さん演じる「高杉晋作」が、ここで碁を打ったり、龍馬と会合をするシーンがありました。幕末の志士たちが、ここに集まって、日本の未来のための足がかりを築いていたのかと思うと、とても感慨深いです。



「おもしろきなきこともなき世をおもしろく すみなしけりは心なりけり」

上海行きを命じられ、長崎に着いた高杉晋作は、どんな夢を描き、期待に想いを馳せていたのでしょうか?

日本最古の黄檗宗の寺院と知られている、興福寺。
長崎らしい唐風の朱色の山門は、「あか寺」として、市民に親しまれています。江戸時代初期に中国僧の真円が航海祈願のために、建立しました。



さて、長崎の興福寺と言えば、隠元和尚が中国からはじめて来日された際に、住持した寺院としても知られています。



当時、福建省黄檗山の万福寺が臨済宗の代表的な道場として活動していました。日本の禅宗の法式正伝が衰退していくなかで、本場の禅宗の日本伝承を願い、長崎三唐寺と檀家衆が中心となり、隠元和尚を招いたことが、今日の黄檗宗のはじまりです。



境内に入ると、ソテツが並び、日本の寺院とはまた異なった印象を受けます。興福寺の本堂である、大雄宝殿の瓦屋根も両端が跳ね上がっているところが、また異国の雰囲気を漂わせています。

過去3度の火災や暴風などによって、大破してしまった大雄宝殿。明治16年に再建され、現在に至ります。建築は、本場中国の匠によって建てられ、資材のほとんどもまた中国から輸入しています。中国南方建築の代表作として、戦前から国の重要文化財にも指定されています。





本場中国の伝統的な技術が、いかに繊細であるかを目の当たりにしました。元来、私たちが日本文化としているものも基を辿れば、中国がルーツであるものばかり。社会情勢や現在の国民意識も大きく影響しているので、中国産の製品というと敬遠されがちですが、古来からの中国の伝統技術をみると、中国の歴史と奥深さを感じ、また現在の日本の礎となる、さまざまなモノやコトを伝承してくださったことに感謝の気持ちが生まれます。




在日中国人たちのサロンとしても、親しまれていた長崎の唐寺は、出身地別に建立されました。ちなみにここ、興福寺は、浙江省・江蘇省出身の信徒が多いお寺です。

特に、江戸時代初期の長崎は、朱印船貿易をはじめとした唐船貿易の奨励から、多くの中国人が長崎を訪れ、その数は、市民の1/6に至るほどであったとか…。

故郷を愛でながら、烏龍茶を嗜んでいたのでしょうか?


本場中国に行かずしても、唐文化を堪能できる長崎の寺めぐり。一風変わった長崎ならではの、異国のお寺をお愉しみください。