飛鳥寺。

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日本最初の寺として名高い、飛鳥寺。
元々は法興寺、元興寺とも呼ばれ、日本に仏教を取入れた蘇我馬子が発願し、推古天皇が創建した、日本仏教のはじまりと言えるお寺です。


平城京遷都の際は、ならまちにある元興寺に移転されています。
その際に、飛鳥寺の瓦などの建築部材も再利用されているので、日本最古の瓦は元興寺の瓦屋根にあります。



飛鳥寺が、風情豊かな田んぼが広がる明日香村に位置し、こじんまりとしたお寺の境内が心の落ち着きを取り戻させてくれます。ちいさなお寺という印象の飛鳥寺ですが、近年の発掘調査によると、創建時は壮大な伽藍があったと言われています。塔を中心に、東西と北に金堂を配置し、その外側には回廊をめぐらせた、本格的な寺院であったそうです。


当時の庶民は、古墳時代の竪穴式住居。土器や石器を使用していた時代です。
そんな時代に瓦屋根と大きな伽藍の建築物ができて、とても驚いたことではないでしょうか?

さて、飛鳥寺と言えば、日本最古の仏像。


日本仏師の祖、鞍作鳥(止利仏師)が制作したと言われる飛鳥大仏が有名です。
平安・鎌倉時代の度重なる火災によって、全身被害を被り、後に補修も受けていますが、概形にも細部にも飛鳥彫刻らしい特色が残っています。

また、この大仏は、仏像マニアには嬉しい「撮影可」。
今まで民衆に守られ続けた仏像だから!と撮影を開放してくれているそうです。望遠レンズで細部まで覗けるのが嬉しい限り…。


元祖アルカイックスマイルのお顔立ちは、まだシルクロードから渡ってきたであろう西の血を感じます。目元は、飛鳥彫刻ならではのアーモンド型?杏目形。一般的に、日本の仏像のお顔は、左右対称ですが、こちらは左右非対称。右から、左から、全くお顔の様子が異なります。


まずは、右から。
左に比べると、目尻がスゥーーと長く、口元がキュッと締まっています。


対して、左は。
右に比べて、丸い印象の目元と右に比べて、ちいさな口元。柔和なやさしい表情です。
飛鳥大仏の写真は、だいたい左からの画が多いのも、なんだか納得…。


おおきなお耳で、多くの声を聴き、おおきな手でお救いくださる慈悲深いお釈迦さまです。また、なぜか正面ではなく、少し右向きに鎮座されている大仏さま。聖徳太子誕生の方向を向いて、1400年間飛鳥の地をお守りされています。

大仏さまの脇侍であろう観音さまや光背は現存せず?、お釈迦様のみ。
ただそこに、お釈迦さまだけがいらっしゃるのが、なんとも素敵な風情です。

境内に出ると、鐘楼や観音堂があります。



ふと、観音堂を覗いてみると、なんとも不思議な聖観音さま。
か、、可愛すぎる…。


思わず、目を疑ってしまう、アメコミのキャラクターのような目元。こんなことを申し上げてよいものか?爬虫類系の表情に思わず、顔がほころびます。



実は室町時代以降、荒廃してしまった飛鳥寺は江戸時代に再建されます。
この観音さまも江戸時代に制作されたようなので、そのときからいらっしゃるのでしょうか?
圧巻の飛鳥大仏のあとのコミカルな観音さま。
この聖観音に会いにまた自転車を走らせたくなる、愛嬌です。



飛鳥寺を出て、80mほど行くと、これまた田んぼの中にポツンと首塚が…。
大化の改新によって、滅ぼされた蘇我入鹿のお墓があります。蘇我馬子が発願したお寺のすぐそばに、入鹿の首塚。


「感謝を忘れて、自分の欲得に走った挙げ句…どうなるのか?」

陰陽?のような相対を感じた瞬間でした。

飛鳥寺は、掘れば掘るだけ遺跡がたくさん出てくると言います。
日本仏教のはじまりを大いに五感で感じる、飛鳥寺。また好きなお寺が増えました。

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