橿原神宮。

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関西に「初詣」に行きたい…
そんな想いから、実家での三が日を終え、夜行バスに乗り込むわたし。
だいぶ、関西圏にも慣れて来たので、その日の気分とインスピレーションで、行き先を決めようかと思います。

早朝6時に京都駅八条口に到着し、すぐにピンと来たのが、奈良。
奈良の神社…そうだ!橿原神宮に行こう!ということで、早朝の近鉄奈良線へ。1時間ほど、電車に揺られて、終点の橿原神宮前駅に着きました。



空気が澄んで、凛とした、朝7時の「橿原神宮前駅」。
こんなに清々しい早朝の駅は、はじめてかもしれません。朝日が昇って、間もなくの時間。新年間もなくの神宮駅とは思えない、静けさ。ここに導かれ、この時が、この場所が、わたしのために用意されている。ほんとうにそう思う瞬間でした。

年明け早々、高鳴る胸の鼓動と共に、橿原神宮へと向かいます。
通りを1本まっすぐ歩いていくと鳥居に到着します。到着と共に、朝日が差し込み、幻想的な光景が目の前に広がります。あまりにも出来すぎたシナリオに、鳥肌が立つほどです。


この神聖な光は、どこからやって来たのか?
光の源に目を向けてみると…


まさに、日の出すぐ。太平洋側の海沿いで育ったわたしにとって、山からの日の出を観たのは、はじめてです。奇しくも、この年の初日の出を観に行ったにもかかわらず、鑑賞場所を見誤って、観ることができなかったので、まさかここで、こんなに美しい光景に出逢えるとは、もう感激の連続です。






表参道を進むと現れる大きな門は、南神門。とても雄大な門をくぐると、あまりにも広大な境内に、これまた驚きを隠せません…。



このように一面拓かれた敷地をもつのは、今まで訪れた神社のなかで、ダントツで「NO.1」です。平城京跡をはじめて観たときにも、息をのみましたが、また奈良に広さで圧倒されました。本殿の背後には、大和三山の畝傍山。


だんだん明るくなって、雲のすきまから光が差し込んでいます。
さて、この橿原神宮ですが、日本最古の歴史書「日本書紀」によると、天照大神の血を受け継ぐ、神倭伊波禮毘古命(むやまといわれびのみこと)が、豊かな国づくりをめざして、畝傍山の麓に橿原宮を創建したことがはじまりです。この神様とは、後に、日本の初代天皇となる神武天皇です。また、この橿原は、「日本建国の地」と記されており、日本の原点とも言えるのが、この橿原神宮なのです。



崎県の高千穂から、東へとさまざまな苦難を乗り越えて、この橿原へ辿り着いたと言われています。熊野村から橿原まで道案内をしたのが、日本代表のエンブレムで御馴染みの三本足の八咫烏(やたがらす)との逸話があります。


2016年は、神武天皇が崩御されてから、2600年にあたる式年。4月には、100年に一度の大祭が行われるということもあって、大鳥居の洗浄・修復から、本殿の檜皮屋根の葺き替えに至るまで、大掛かりな改修が数年かけて行われていたようです。



たしかに、美しいわけです。
伊勢神宮、出雲大社、春日大社…。式年が続く、日本の神社。みるみる美しさを取り戻す、全国の神社。各地の参詣者も増えることでしょう。

この橿原神宮ですが、神宮として創建されたのは、明治23年。明治に入り、天皇の御聖徳を永遠に尊び敬いたいという民間有志の請願から、明治天皇が元京都御所の賢所と神嘉殿を払い下げられ、官弊大社(日本で最も格式の高い神社)として御鎮座されました。




実際に、この地へ足を踏み入れ、光を浴び、風を感じ、景色を眺め、地をしっかり踏みしめてみると、「大和こそが、日本建国の地である」と実感が湧いてくるほど、なにか熱くほとばしるものを感じます。早朝だったこともあり、参詣者が少ないので、空気が澄み切っているということもあるかもしれませんが、別格になにかが違うのです。すごく大きくて、太くて、ずっしりしているのだけど、まったく重くない。ものすごく爽やかで、清いところです。
 

先人達が築き、守り引き継いできた、日本の歴史と文化。日本人としての誇りをもち、豊かな心で、向き合い、寄り添い、後世に繋げていく意識で、日々を生きていきたいと深く感じ入った初詣でした。

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