大船観音寺。

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JR東海道線の大船駅。
小さな頃、地元から東京までの車中で、いつも楽しみにしていた観音さま。
上り電車が出発するとお目見えする、白くて大きな観音さま。

途中の早川駅でも、海を見渡す大きな観音さまにお会いするのですが、
大きさ、スケールがぜんぜん違う。
小さいながらに、この大きな観音さまのお姿にいつも圧倒されていたことを思い出します。

そしてこの「観音さまを必ず見る。」という不可思議な自分ルールがあり、
うっかり寝てしまって、見逃したときは、ひどく後悔したものでした。

さて、それから20年。
電車の車窓からしか見たことなかった観音さまに、近づいてみることにしました。

実家から東京へ戻る帰路。
すこし早めに出たので、はじめての大船駅下車。
駅を降りて、ぐっと坂を上ると、そこには大船観音寺。

どうやら、元々お寺があったのではなく、観音さま建立によって、建てられたみたい。
いみじくも、曹洞宗のお寺のようです。(父からそんなことは聞いたことない。)

さて、まずは、“観音さまのお参り”ということで、階段を上ると、

しょ、しょ、、衝撃…!!!!!!!!!!


なんと、胸から上しかない…。
う、うそーーーー。。
30年間、立像だと信じきっていたので、まさか胸像とは思わず、開いた口が塞がらない。

しかも、奈良と京都の国宝クラスの仏像鑑賞に浸っていたわたしには、
かなり物足りなさすぎる、ディティール...。

小さな頃にあれだけ“圧倒”されていたのに、、経験と知識というのは恐ろしいものです。

でも、ずーっとよく見ていると、観音さまというよりは、聖母マリア像に見えてくる。

この観音さまは、百衣観音といい、元々は古代インドで崇拝されていて、仏教に取入れられてからは、阿弥陀如来の明妃とされています。

百衣観音という観音さまも、仏像初心者のわたしとしては珍しく、この現代風のつるっとした表情をなんとも言えない気持ちで眺めることとなりました。

ここの観音さまは、昭和4年に人心の安定と国家の隆昌のために建設が始まりました。
...が、戦争による中断。昭和35年に世界平和を願う観音さまとして完成しました。


境内には「原爆犠牲者慰霊碑」、観音さまの胎内には、ミャンマーやタイなど、アジアの人々の拠りどころとして、各国の音楽舞踊などが奉納されています。

仏像が、古代・中世の日本だけでなく、現代にも庶民の心の拠りどころとして、建立されているのは、とても喜ばしいことだと感じました。

今も昔のわたしのように、観音さま観たら「絶対なむなむする!」っていう子供がいてくれることを願うばかりです。笑

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